となりのトトロに関する都市伝説は本当なのか!?検証してみました!

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8/17に金曜ロードーショーで放送されたとなりのトトロ。
1歳の息子がかなりハマっていて、毎日のように見ています。

となりのトトロはスタジオジブリ制作の長編アニメーション映画で1988年に公開されました。
スタジオジブリを代表する作品で、ジブリと言えば『トトロ』という人も多いのではないでしょうか。

有名な都市伝説 サツキとメイは死んでいる?

となりのトトロといえば、数々の都市伝説があることでも有名です。
それを知ってから見るとなんだか怖く感じてしまうのですが…本当なのでしょうか?

その都市伝説は『サツキとメイが死んでいる』という話。

その理由として挙げられるのが、
・池に落ちていたサンダルはメイのサンダル
・サツキとメイの影がない
・母親の発言が不自然
・全てお父さんの妄想(作品)
・エンドロールの両親があきらかに若い(過去の話)
などなど…。
では順番に見ていきましょう。

メイは池に落ちて死んでしまった?

トトロの都市伝説を紹介するサイトを色々見てみると、このように書いてあります。
『池に落ちていたサンダルをサツキはメイのものでは無いと否定するが、形や色が同じで、メイがサツキに発見された時片方のサンダルがなく裸足』とのこと。

池に落ちていたサンダルがこちらです。

そしてメイのサンダルがこちら。
似ていますが違うデザインであることがわかります。

サツキが『お母さんが死んじゃったらどうしよう』と涙を流すシーンで、メイがお母さんにとうもろこしを届けに行こうと決心したシーンです。
サンダルが大きく映るのはこのくらいだったので初めて見た方は似ている若しくは同じだと感じるのかもしれません。

でも実際は違うサンダル。
そして、サツキがメイを発見した時片方のサンダルを履いていないという点ですが、画像を見てわかるようにちゃんと両方履いています。

よってメイが池で亡くなった説は間違いです。

サツキとメイに影がないのはすでに亡くなっているから?

次に、サツキとメイの影がない、という意見です。
メイが迷子になりサツキがネコバスに乗ってから影が消えていると言われていますが、これは作画上不要と判断し意図的に影を省略しているそうです。

実際メイを探す時間帯はどんどん日が暮れていくので、影が見えなくなるのは当然ですよね。

お母さんの不自然な発言と会わなかった理由は?

次に、物語の終盤サツキとメイのお母さんが病室から外を眺め『今そこの松の木でサツキとメイが笑っているように見えた』と言います。
生きている人間に対してこの発言はおかしい、やっぱりサツキとメイは死んでいるからそのように言ったんだという意見があります。
それに、病室のすぐ近くにいるのに会わないのも不自然だと言われていますね。

お母さんの言い回しは確かにちょっと変わっていますが、私は本当に一瞬松の木に座っていた2人の残像が見えたのではないかと思っています。

となりのトトロは現実ではありえないことがたくさん起こるファンタジーです。
『お母さん早く元気になってね』という2人の子どもたちの気持ちを届けるために、トトロの世界に存在する不思議な力がお母さんへのプレゼントとして見せてあげたのではないかなと思います。

会わなかった理由は、2人の子どもの成長を表していると感じます。
お母さんの体調が悪ければ病室に行ったかもしれませんが、『お母さん笑ってるよ』『大丈夫みたいだね』と2人は安心しているのでこっそりトウモロコシを置いてお母さんを喜ばせようと考えたのではないでしょうか。

また、あの高い木にサツキはまだしもメイが上るのは不可能という意見もありますが、おそらく2人とも木に登っていないのだと思います。
ネコバスも松の木に乗っているので、ネコバスから松の木に降りたと考えるほうが自然な気がします。
そのようにすればメイも松の木に座ることができるでしょう。

お父さん実はこの物語を書いていた?実はお父さんの妄想?

次に、この物語はお父さんの妄想・執筆してるのはこの物語という説です。
物語の中のお父さんは考古学者で大学の非常勤講師として働いています。

生活費を稼ぐために翻訳(主に中国語)の仕事もしており、サイトによっては「作中は翻訳の仕事をしていて『サツキとメイが生きていたら…』という物語を書いていると言われている」と書いてありますが、
ん?翻訳の仕事してるのに物語?翻訳してるのか小説書いてるのかどっちなの?

物語の中でどうして翻訳の仕事をしていると感じたのでしょう。

お父さんの書斎では、歴史にまつわる本や背表紙に『アイヌ』『現代国語』『中国』
という文字がある本がみてとれます。

お父さん執筆中は『考古学』と書かれた本が手の届きやすい場所に置いてあったり『古墳』と書いてある本を開いていたりするので、私は考古学に関しての文章を執筆中なのだと思っています。

エンドロールはサツキとメイが生きていた頃の回想シーン?

お父さん妄想説と繋がってくるのがエンドロールの両親があきらかに若いという説。
このエンドロールで出てくる家族は『サツキとメイが生きていた頃のもの』であり回想シーンだとする意見があるのです。

実際に見比べてみてどうでしょう?
どのあたりが『あきらかに若い』のか私にはわかりません。
普通にお母さんが元気になり退院したその後のお話を描いていると言ったほうが自然です。

季節も本編が春〜夏だったのに対し、エンドロールでは秋〜冬を描いています。

なにより、メイが自分より小さな子たちのお姉ちゃんをしている様子がメイの成長を感じさせます。

そうなるとお父さんの『サツキとメイが生きていたら…』という話も合わなくなってきますね。

物語のなかで気になるカレンダーたちと年代

先ほど紹介した画像のお父さんの書斎で気になるものがありました。
それがこちらのカレンダーです。

1955年5月のカレンダーのようです。
ん?引っ越しが終わってお母さんのお見舞いに行った時、病室にかかっていたカレンダーは6月だったはず…。

その後は病室のカレンダーで7月と8月が確認できます。
病室のカレンダーは6・7・8とちゃんと進んでいるのになぜ書斎のカレンダーは5月だったのか気になったのですが、ただ単に6月に変えてなかっただけかなと思います。
(仕事に子育てに奥さんのお見舞いに…とお父さんはとても忙しいですからね)

ちなみにお父さんの書斎のカレンダーは1955年で昭和30年ですが、家に届いた電報は昭和32年、病室のカレンダーの7月8月は昭和33年と合致するそうです。

となりのトトロの世界では『昭和◯年』という正確なものはないのかもしれません。

Wikipediaでも昭和30年代前半と書いてありますが宮崎駿監督はそれを否定しています。
1953年を想定して作られたと語っていますので、そうなると昭和28年となりますね。

狭山事件が物語の元になっているのは本当?

そしてもう散々サツキとメイ死亡説を否定してきましたが、まだ噂はあります。
それは狭山事件を元に作られたとする説。

狭山事件は1963年5月1日に埼玉県狭山市で女の子が誘拐され殺されたという事件で、となりのトトロとはいくつか共通点があると言われています。

・物語の舞台も事件があったのも埼玉県
・サツキもメイも事件発生の『5月』が由来
・サツキとメイの年齢を足すと16歳になり被害者と同い年となる。
・物語同様、事件も行方不明の妹を探したのは姉だった
・妹の遺体が発見された際、姉は錯乱状態に陥り『猫のおばけを見た』『大きな狐に会った』などと謎の言葉を発した

いやいや、こじつけ感がすごいな…というものもいくつかありますね。

まずとなりのトトロの舞台ですが埼玉県所沢市と言われており、他にも聖蹟桜ヶ丘(耳をすませばの舞台もここですね)、神田川、美術監督の男鹿さんのふるさとである秋田県などが混ざっているそうです。

事件発生の5月に由来する名前ということですが…2人とも5月生まれだったり、両親にとって大事な日が5月にあって5月に由来する名前にしたかった、など色々考えられますし、事件に絡めるためのこじつけだと感じます。

一番こじつけ感があるのが『2人の年齢を合わせると16歳』という話。
キャラ設定の時にそんなこと考えます?!

しかもサツキはもともと小学4年生で10歳の設定でしたが、あまりにもしっかりしているため12歳に変更になりました。

最初の設定ではサツキとメイの年齢を合わせると14歳です。
事件となんの関係もありませんし、よくこんなこと気づいたなぁと思います。

事件発生時、行方不明の妹を姉が探したとする話ですが、このような記録もありません。
また、姉の謎の発言に関しても後から付け加えられたもののようです。
事件後に自殺された姉の日記に現実では考えられないことが書いてあったと言われているため、トトロの物語に合わせてそのような作り話がでたのだと思います。

最初の設定は女の子1人だった

そもそも、姉妹という設定自体最初は存在しなかったそうですね。
初期バージョンでは女の子が1人だったのです。


ポスターに描かれた女の子はメイでもサツキでもありません。

同時上映の火垂るの墓が90分に延びるのに合わせて、宮崎監督もトトロを延ばすことにし、設定を『姉妹に変えれば20分くらい延びるだろう』ということでサツキとメイが誕生したのです。
なので事件を元にしたという説はありえないのです。

数多くの噂が出てきた理由は『死』のイメージ

サツキとメイの家は結核患者の療養のために建てた離れのある別荘で、病人が死んでしまった家なのだと宮崎監督は言っています。

またお母さんが入院していた病院は八国山緑地内にある新山手病院と東京白十字妙院がモデルになってると言われており、八国山緑地は結核治療と隔離病棟があることで有名な場所だったそうです。
(お母さんの正式な病名は明言されていません、またスタジオジブリが結核説を否定しているという話もあるそうです)

結核は戦前戦後は不治の病と言われた結核。
家の前の持ち主にしてもお母さんにしても『死をイメージ』させるものがあるのも事実でそれらが数多くある噂を信憑性のあるものとしたのかもしれません。

エンドロールでお母さんが元気な姿を見ると、お母さんは治療を終え退院してきたようですね。
お母さんの病気が結核だったとしても、物語の設定の昭和28年より少し後の昭和30年代は、結核が不治の病ではなくなりつつあり、本格的な化学療法も始まっていたそうです。

色々な噂がありますが実際に見ていくと事実と異なる点が多くありました。
まだトトロを見たことがない方も安心してトトロのファンタジーな世界を楽しんでもらえたらいいなと思います。

次の記事では都市伝説や噂とは関係なく、となりのトトロを見て気になったシーンを紹介していきます。

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